大変お世話になった、PCR検査場。
無料であちこちに建てられていました。
夏は冷房がよく効いていて、
冬も暖房がよく効いていました。
検査のために窓口に行くと、
「冷気を感じる…」と思ったものです。
(防護服がきっと暑いのだろうと思われます)
この窓口の高さなので、
5歳はいつも私や夫、10歳に抱っこされて
検査を受けました。
子ども3人を連れていくと
なぜか覚えられてしまって、
9月に学校が始まってからは
検査員さん「子どもは?」
私「学校!」と答えました。
他に「自転車乗ってるんだね」と言われ、
「地下鉄からね」と応えることもありました。
検査員さんはときどき交代することもありました。
優しかったな…。
他の場所もまだまだ残っています。
もうなくなってしまった
核酸マ。
これを読み取ってもらって、検査を受けました。
何時間か後or1日ほど
(最高に時間がかかった人は72時間後!)すると、
検査結果がスマホに送られてきます。
これが陰性証明。
地下鉄、バスなどの公共機関、
お店に入るとき、タクシーに乗るときなど
あらゆる社会活動をするときに
この陰性証明が必要でした。
子どもたちは
登校登園にも必要でした。
最後に懐かしの
場所マ。
これは地面に貼られているレアなケースです。
しかし、まだ店の壁やタクシーの中など、
場所マはたくさん残っています。
最初に地下鉄の場所マが必要なくなった時は、
「本当に要らないのかしら…?」と
不安になったものです。
始める時も突然始まり、
なくなる時も突然なくなる。
中国は本当に「変化の早い国で面白い!」と
思います。